あふれだす

夢の話とか思った事とか、技術とあんまり関係ない事を書きます。

セクハラ

代表質問へのセクハラ云々の件、そもそも議会で野次が飛ぶのが異常だと思う。


ましてや、この件の野次なんて質問者個人を攻撃しているだけで議題とは一切関係ない。

全く生産的でないし、セクハラ云々以前にモラルに掛けている。

ブラックジョークにしても直接的過ぎて捻りが無く、思考の浅はかさが伺える。

思想的にも能力的にもこんな人間に立法や行政を任せたくはない。


しかし、この件を政党単位で叩くのもちょっとズレていると思う。

これはたまたまマスコミ的に美味しいネタであったから表面化しただけであって、似たような事は毎日のように起こっているのではないだろうか?

安全工学の世界にはハインリッヒの法則というものがある。詳細はググるとよいが、これはだいたいのケースに適用できる。本件も例外では無いと思う。

たまたま浮き上がってきた事例だけを問題視して短絡的に責任追及したところで、良くて加害者が議会から追放されるくらいで、本質的な事は何一つ解決しないだろう。

人間の思想なんてそうそう変わる事は無い。ましてや軽い気持ちで野次を飛ばすような思考の浅い連中は尚更ではないか。どうせ違う場所で同じような言動や行動を繰り返すだろう。

また、似たような思想の持ち主は彼以外にも(残念ながら)居る可能性が高いのではないだろうか。

そうでなければこんなセンスの悪い野次で笑いが取れるとは思えないし、今回の加害者が居なくなってもまた似たような事は起きるだろう。(騒ぎになりにくいよう控えめになるかもしれないが)

また、恐らくこれまでも、もっと控えめな似たような事はあったのでは無いかと思う。


ではどうすれば解決するのか。

本質的な問題は文化ではないだろうか。

野次を熱心に飛ばすような文化が、個人攻撃に繋がるようになり、その末にこの事件に発展したのではないだろうか。

そもそも野次を飛ばすのを辞めろ。意見は話を最後まで聞いてから言え。比較/検証可能なデータを根拠として示せ。って思う。

思想を変える事は難しいが、論理的に考えさせることで少なくとも安易な個人攻撃は防ぐ事が出来るのでは無いだろうか。そのためには出来る限り論理的に考える文化とそれを支えるルールをまずは作るべきではないか。


ときどきこういうニュース聞くたびにとても悲しい気分になる。日本はもうダメだって気分になる。

むかしは俺が政治家になって日本を変えてやると思ったものだが、色々な意味でそのような仕事は僕には向いていないという事を大人になって思い知らされた。

この記事も僕の理解や思慮が甘いせいで(あるいは酒に酔った頭のせいで)頓珍漢な事を書いてしまっている部分もあるだろう。そのような所を見付けたら是非ご教示頂きたい。