あふれだす

夢の話とか思った事とか、技術とあんまり関係ない事を書く。情緒不安定なタイミングで駄文を書き捨てることもある。

精神

 精神状態の悪さを晒すのはあまり良くないと思っている。
気を遣ってくれと言っているようなものだし、迷惑を掛けているような気持ちになる。
でも、吐き出すことで少しでも楽になるような気もするし、
伝える人と伝えない人がいるのも不公平な気がするので、
アクセスが少ないほうのブログに書いてみる。

最近、精神状態が悪いようは気がする。
気のせいな気もするし、甘えなのでは?感もある。
症状として、あらゆる事が不安になったり、無気力になったり、人と会いたくなくなったり、とか。
でも、だれにでもそんな気分になることはあるしなぁとなる。
けれど、最近は気分の揺れ幅がいままでより大き過ぎる気がして、ついには日常生活に支障をきたし始めている気がしてきた。
「精神というものは、ソースをなくしたコンパイル済みのプログラムのようなものです。動作はするものの、なぜ動作するのか分からないのです。」というのはたしかポール・グレアムの言葉(ブログの翻訳記事で知った: 引用元)だが、まさにそんな心境だ。
あえて曖昧な言葉で説明しているのはそういうことで、自分でもその状況や原因を推測するほかないからだ。

原因は幾つか思い当たる。
たとえば、実は、昨年の11月頃に、僕は高速道路で不注意で事故を起こした。
不幸中の幸いか、自損事故で、誰一人怪我もしなかったけど、父の車が全損となり、買い換えることとなった。
僕は責任を取って、毎月可能な限りの額を実家に送り、買い替えの費用を負担している。
思いの外、この件は僕にダメージを与えていたようで、
いまでも、車や運転について考えると、事故を起こした瞬間が若干フラッシュバックして、冷や汗がでる。
また、金銭的にも、そこそこの額を毎月/ボーナス月に送っていて、呑みや外食などはなるべく控えるようにしている。
お金が無いことで、ストレスの捌け口が幾つか少なくなり、また節約に駆られることでストレスが増えているのかもしれない。

また、最近は仕事でiOSアプリを書いている。
理由はいろいろあるが、基本的にはポジティブな理由で、自分のキャリアプラン的にiOSアプリの設計と実装を経験しておきたいという点が大きい。
しかし、iOSアプリの開発にはOS XXcodeが必要であり、GUIを触る必要がある。
これは完全に甘えなんだけど、ぼくは、GUIが苦手だ。
コードを書くためにわざわざキーボードから手を離し、マウスを使う意味が分からない。
キーボードショートカットはあるものの、CmdとかいうMac特有のキーを使うので、なかなか手が慣れない。
また、Storyboardという、UIと画面遷移をGUIで作ることが出来る仕組みがある。
普通に考えてこれは明らかに便利なのだが、あらゆるものが隠蔽されていて、裏で何が起きているのかが分からない。
たとえ、OSでも、データベースでも、言語処理系でも、データと処理のなんとなくの流れは想像できるだろうが、これに至っては本当に分からなくて参っている。
もちろん、こんなのは勉強不足なだけで、完全に甘えなのだけど、精神にそこそこのダメージを与えている気がする。

ほか、ここにはとてもじゃないが書けないようなプライベートな悩みもある。

どれも、運が悪かっただけだったり、僕が強くならなきゃい話だったりする。
結局は、僕が強くなるべきなのだろう。

部屋は精神を反映するとかいう言葉がある。
ダメ元でひたすら掃除と整理をしてみたら、幾分か心が軽くなった気がした。
部屋の、どんよりとした空気が少し晴れた気がする。
気持ちが晴れたと思い込み、プラシーボ効果を期待しよう。
こうやって気分を明るくして強く生きる術がいまの僕にとって最も必要なのかもしれない。