あふれだす

夢の話とか思った事とか、技術とあんまり関係ない事を書きます。

ぼくなりに

ここでは、「やらなければ何かしらのリスクがあるもの」という意味で仕事という言葉を使う。お金が得られるかどうかは関係なく、「リスク」は精神的なものも含む広義なものだ。 たとえば、会社の仕事もそうだし、OSSもそうだし、コミュニティー活動もそうだし、音楽活動もそうだし、細かいことを言えば家事なども、ここでは仕事として扱う。

最近の自分の精神状態を客観視したときに、とにかく無気力になっているタイミングと、とにかく強迫観念に駆られて活動的になっているタイミングがあった。

仕事の一つ一つは大したことないんだけど、最近は仕事の総量が多くなってきていて、 あれもやらなきゃ!これもやらなきゃ!忙しい!って強迫観念に駆られることが多い。

しばらくすると疲れて無気力になり、あらゆることが滞り、仕事が溜まり、また強迫観念に駆られて仕事に没頭する。

すると、ストレスばかりが溜まってしまう。 ストレスが溜まり過ぎると、本格的に無気力あるいは軽い鬱に陥り、精神をいたく消耗する。

また、良し悪しがあるが、ぼくはぼくの知的好奇心から仕事を自主的に増やしてしまう悪い癖があり、それも重なり仕事が溜まっていく。

自覚したのは今しがただが、なぜ今まで気付かなかったのか、ぼくには小さい子供の頃から少なからずこの傾向があった。

子供であれば、ある程度の「ワガママ」によって仕事をやらなかったときに受けるリスクを回避することができる。 たとえば、ぼくは宿題を殆どやらなかった。 小学生、中学生の頃は、大した問題にならなかった。 成績にそれは影響するものの、教科書は貰ったら数日でだいたい読んで理解してしまっていたし、授業を適当に流していれば、テストではそこそこ良い成績が取れた。苦手な科目でも70点を下回ることはなかったし、得意な科目は100点と90点の間を行き来していた。受験も大して勉強しなかった。(ぼくに勉強する習慣を付けさせるために部屋に軟禁されたり塾に通わせてもらったりしていたが、反抗期だったので親が僕にしてくれていた愛のある努力を尽く無駄にしてしまった。)

誤解しないで欲しいが、「宿題やってないけど勉強できたんだぜ自慢」をしたいわけではない。こうとでも書かないと小学生/中学生時代の自分のクズっぷりばかり頭に残り書いているぼくが辛くなるから自己弁護するために書かざるを得ないのだ。 もっとも、このテストは小学校によくある、基礎的な内容が理解できているかを確かめるだけの非常に簡単なテストであった為、ぼくが他の人と比べて特別優秀だった訳ではない。他の人が当たり前にやることをしない代わりに、他の人がしないことをして、平均より多少高い成果を出せていたというだけの話だ。真面目に勉強している人には当然敵わない。

話が逸れてきたが、ここで言いたいのは、小学校や中学校では宿題の提出不備せいぜい内申点に多少響く程度であり、「テストで点取ってるんだからいいだろ」というワガママで回避できたという事実。 そして、多少の知的好奇心とクリスマスプレゼントをなくしたくないなどの強迫観念から教科書を読破してそこそこの成績を収めることがぼくの「仕事」の仕方だったことだ。

しかし、高専に入学してからはそのワガママは通用しなくなってくる。 ぼくが通っていた高専ではテスト60%レポート(宿題)40%の割合で点数が付き、これが100点中60点を下回ると「不可」の成績となる。(ただし、これはかなり雑な説明だ。) たとえば提出物を一切提出しなくともテストで100点を取れば可となり、 レポートが全て最高の評価を受ければテストで34点以上を取れば可となると思って貰えれば、これまでの「仕事」の仕方では「詰む」ことが分かるだろう。 更に悪いことに、高専入学時には既に僕の知的好奇心はいわゆる「学校の勉強」には向いておらず、「プログラミング」やら「音楽」に向いていた為、自主的に教科書を読破するなどの勉強も「プログラミング」だけで終わってしまったのでますますダメだった。 さらにあろうことか、あれだけ愛のある努力をしてくれた両親を疎ましく思い、学生寮に引っ越してしまったのだ。

また、勉強は積み重ねである。小学校の内容が理解できなければ中学校の内容が理解出来ないし、より小さな単位でも同じ事が言える。一度躓いたら、そこからすぐ挽回しなければどんどん遅れを取る負の連鎖が起きる。 前述したとおり、僕はほとんど宿題というものをやらなかったので、「レポート」をプライベートでどのように進めれば良いのか分からなかった。 時間を取る癖もなければ、机に向かって一人でペンを握るのもほとんど続かない。なにをすれば良いのか、分からないのだ。 友人と一緒にやってみたこともあったが、結果はほとんど同じだった。もしかしたら、反抗期のうちにこういうことから逃げ続けたことで、逃げる癖が染み付いてしまったのかもしれない。 そうして絶望を深めていくうちに、ぼくは知的好奇心から「プログラミング」と「音楽」という本質的でない仕事を増やしてしまう。 「学校の勉強」や「レポート」といった仕事をやらなければという強迫観念から一時は頑張ってみるもののやがて無気力になるという負の連鎖がしばやく続き、やがてストレスを解消するために無意識に「プログラミング」と「音楽」に傾倒しはじめた。 そして、ついに僕は学生の本分を放棄し、それらに没頭することとなった。 最悪のワガママである。 そうして、40弱の単位が不足という前代未聞の成績でぼくは高専を中退し、仕事がリセットされたことで僕の悪循環は一旦止まった。

中学校卒業という最終学歴はあまりにも不利であったので、高校卒業程度認定試験という国家試験を合格し、「安い」「近い」「簡単」という三拍子が揃った職業能力開発短期大学校に入学した。 高専で足掻いた甲斐あってか、レポートを書く能力と、プライベートで勉強する技術がある程度身に付いており、勉強で苦労することはなかった。 また、電気と情報の学科であった為、学ぶことのベースは高専の知識が使い回せる。 結果、この学校では最後まで勉強で苦労することはなかった。

しかし、退屈さから、またぼくは知的好奇心の赴くままに仕事を増やしてしまう。 形だけあった学生自治会という学生の組織をまともに機能させる仕事と、 アルバイトとして始めた塾講師だ。 どちらも、そこそこの時間を消費し、そこそこ良い成果を納め、そこそこの学びと多少の利益を僕にもたらした。 既に仕事から趣味へと降格していた「音楽」と「プログラミング」も程よくやっており、 ぼくの人生で最も良いバランスで仕事があった。

しかし、やがて就職活動が加わり、このバランスは崩れ始める。 就職活動は、言わばこのレールの敷かれた社会での自分の生き方を決める儀式だ。 単に仕事を決めるだけでなく、自分の生き方を決めると考えると、タスクの大きさが実感できる。 明確な正解が無い上に、抽象的なものを具体化する作業が必要で、オマケに間違えたときのコストが高いのだから。

ぼくは、金は無くてもいいから、自由に生きたいと思った。 フリーターという選択肢も捨て難いが、いまの日本社会で積極的にその選択肢を選ぶのはゆるやかな自殺行為に等しい。 また、アルバイトのほとんどは「継続的に小さくも確実な成果を出し続ける」ことを要求され、それは僕の苦手とすることであった。 研究と考察の結果、ぼくはWebエンジニアになることにした。

しかし、現実は甘くない。高専を中退して低偏差値の短大の電気情報系学科を卒業見込みという人間をまともに相手をしてくれるWeb企業は殆どなかった。 特に大手は殆どエントリーシートや筆記試験で落とされ、それを通ってもまともな面接になるケースは殆ど無かった。 僕は人とのコミュニケーションに難がある。人とコミュニケーションすることは好きだが、どのようにコミュニケーションすればいいのか、分からないのだ。一応友人は居るし、恋人も居たことがあるが、いずれも深い信頼関係を構築するに至ったことは殆ど無く、せいぜい「知り合い」程度にでも認識されていれば嬉しいと思っているくらい、僕はコミュニケーションに自信が無い。

つまり、そんなコミュ障な僕にとって面接なんてものは天敵との対峙に近い。 精神的に消耗し、悪い印象だけが残り、「今後の益々のご活躍をお祈り致します」とか書かれた事務的なメールが届く。

そうして、どんどんコストは膨らんでいき、また悪循環が始まっていった。 いよいよ卒業まて約半年となり、精神状態が本格的に悪化し始めた頃に、いまの会社に内定が決まった。 これで晴れて、バランスの良い状態に戻った。

いま、またこのバランスが崩れてきている。 なにかの仕事を切るべきなのだろうが、切れるものがほとんど無い。 だけど、漠然としたストレスや無気力の原因が判明したことで、いくばか気が楽になったし、 昔を思い出しなぞることで、自分自身の理解を深めることが出来た。

こう思い出してみると、自分が苦しんでいるのは全部自分のせいだけど、仕事の過多で苦しむことは必ずしもマイナスではない事がはっきりする。 こういうときに自分は無意識に(あるいは脅迫的に)自力を伸ばしてきたのだから、成長できるチャンスと捉えることで、ポジティブになることができる。

自分の性格は本当に救いようがないと思うけど、ぼくはぼくなりに生きていこうと改めて思ったそんな朝でした。おはようございます。