あふれだす

夢の話とか思った事とか、技術とあんまり関係ない事を書きます。

格好良くなりたい

自信が無い。容姿の話じゃない。容姿はともかく。
物の見方や考え方が中途半端で不安定で、そんな自分につい嫌気が差すのだ。 そして、対照的に芯のしっかりした人がとても格好良く見える。

物の見方については、いろんな見方をする訓練を自主的にしてきたつもりだ。特に自分はもともと近視眼的になりがちなので、俯瞰的に物事を見る能力を伸ばしてきた。 ところが、特に最近は近視眼的過ぎたり俯瞰的過ぎたり、ものに合った見方を出来ている気がしないのだ。例えるなら、遠くを見るために虫めがねを使い、近くを見るために双眼鏡を使うような、そこまで大袈裟な間違いでは無いが、そんなちぐはぐさを自分に感じることがある。 俯瞰的になりすぎてよく分からなくなることもあれば、近視眼的になりすぎて大切なことを見落とすこともある。 そういう間違いは誰にでもあるだろうし、自分も例外だとは思っていない。極めて普通の間違いだと思う。 ただ、判断を下すのが、怖い。 そして、そんな自分に自信が持てないのだ。

その不安からか、あれこれと物の見方を変えて考えてみるが、情報をうまく整理できないとうまく考えることができない。 物の見方が不安定だと考え方も自ずと不安定になる。

考えが不安的だと結論がころころ変わるのだ。

特に曖昧な、正解の無い悩みが社会には多いが、そういうものには色々な見方からそれぞれ答えが出せる。じゃあ、そのそれぞれの答えを参考に自分にとっての正解はなにかを問う。それをさっと出すためには自身の価値観を理解していなければならない。あるいは、もっと素直な性格だったら、直感的にこれだと思うものを答えにすればよいのだろう。素直な人はとても尊敬する。あと、全然関係無いが素直な人の笑顔は素敵なことが多いように思う。かわいい。

閑話休題

これは、難しい決断を難しいと感じているというただ当たり前のことなのかもしれない。 だけど、もっとうまくできるんじゃないかともどかしくなるのだ。

さっき、伊坂幸太郎の砂漠という小説を読んでいたのだが、この作品に登場する西嶋という青年がひどく格好悪いんだけど、とても真っ直ぐで姿勢がとても格好良くと思った。 ぼくも彼くらい真っ直ぐな行動が出来るようになりたいと思った。そしたらきっと少しは格好良くなれるんじゃないか。

こうして蒸し暑さからくる寝苦しさを誤魔化していたところ。今日も午前二時を回りそうだ。